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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3721号 判決

原告 鎌田沢一郎

被告 清平左内こと 金尚鼎

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ昭和三八年四月一日から右明渡ずみまで一ヶ月金一四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、金一二〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言とを求め、請求の原因として、

一、原告は、被告に対し、昭和三五年七月一八日別紙目録記載の建物(以下、本件建物と言う)を、賃料一ヶ月金一四、〇〇〇円(ただし、同三六年一月一七日までは、二階一室を除いて賃料一ヶ月金一一、〇〇〇円)毎月末日払の約で賃貸した。

二、しかるに、被告は昭和三八年四月一日以降の賃料を支払わないので、原告は同年九月頃から再三に亘って原告自身または代理人小保形登昧子が早く支払うよう反覆して履行の催告をしたが、ついに被告はこれに応じない。そこで、原告は被告に対し、同年一〇月一一日付書面で右債務不履行を原因として本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は同月一三日被告に到達したので、右契約は同日限り終了した。

三、よって、原告は被告に対し、賃貸借契約の終了による原状回復としての本件建物の明渡しと前記昭和三八年四月一日から同年一〇月一三日まで一ヶ月金一四、〇〇〇円の割合による賃料及び翌一四日から明渡ずみまで賃料相当一ヶ月金一四、〇〇〇円の割合による損害金の各支払を求める。と述べ、被告の抗弁事実に対し、

本件建物が、登記簿上訴外小松七之助の所有名義になっていることは認めるが、その余は否認する。原告は、右小松七之助から昭和三一年四月二一日本件建物を買受けたもので、賃貸借契約を結ぶに当り、被告に対し右売買によって同建物は既に実質上原告の所有に属するが、ただ小松と係争中であるためその登記名義だけは未だ右の如く同人のままになっている旨を説明して、被告の諒承を得た。

と述べた。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として

一、原告主張の事実のうち、被告が原告から、その主張の日に本件建物をその二階一室を除き賃料一ヶ月金一一、〇〇〇円毎月末日払の約で賃借し、その後右建物全部を賃借するに至ったこと及びその主張のように賃料の支払を滞っていることは認めるが、その余は否認する。

二、被告が右のように賃料を支払わないのは、(1)賃貸借契約ののちに、本件建物は小松七之助の所有に属していることが判明したこと、(2)右契約の締結に当って、本件建物の地盤は弱く、建物が傾いて危険な状態にあるため、原告において早急に石積をして敷地を整備し、危険を除去する旨約したにも拘らず、原告は今日に至るまで未だこれを履行しない、以上の理由による。と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、原告が被告に対し、昭和三五年七月一八日、本件建物をそのうち二階一室を除いて賃料一ヶ月金一一、〇〇〇円毎月末日払の約で賃貸し、その後に本件建物全部を賃貸するに至ったことは、当事者間に争いがなく、そして、その末尾に記載された「特別条項」第二項の部分を除いては成立に争いがなく、右第二項の部分は≪証拠省略≫及び原、被告各本人尋問の結果を綜合すれば叙上のように、原告が被告に対して本件建物全部を賃貸したのは同三六年一月中旬であり、その折に賃料は一ヶ月金一四、〇〇〇円と定められたことが認められ、その反証はない。

二、被告が、昭和三八年四月一日以降の本件建物の賃料を支払っていないことは、その自ら認めるところである。

そこで、被告の抗弁について検討すると、

(1)  原告が本件建物の所有者でないことが判明した以上、原告に対する賃料の支払義務はないと主張する。しかしながら、賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に物の使用収益をさせ、賃借人から対価を支払わさせる契約であるから、賃貸人が目的物について所有権その他これを賃貸する権能を有していない場合でも右契約は有効に成立し、賃借人は現実に目的物を用益した以上、賃料の支払債務を免れることができない筋合である。ただ、賃貸人に右のような権能のないことが明らかになった場合に、賃借人が真実の権利者から既に用益した期間の未払賃料を不当利得として返還を求められたようなときには、賃貸人に対して右未払賃料の支払を拒絶し得るものと解すべきである。

ところで、本件建物については、登記簿上の所有名義人が訴外小松七之助になっていることは当事者間に争いがなく、そして、≪証拠省略≫原告本人尋問の結果によれば、原告は小松から、昭和三一年四月二一日本件建物をその敷地とともに買受けたもので、その代金は同年五月から一〇年以内の割賦払と定められ、未だその完済はなく、現在固定資産税などは小松の負担とされていることが認められる。そうすると、これら事実から推して、本件建物の所有権はなお小松に属しているものの如く解されるけれども、前述したところから明らかなように、単にこのような売買当事者間における所有権の帰趨によって被告が原告に対して現実に使用収益した期間についての賃料の支払を拒む理由とはなし得ないわけであり、他に、昭和三八年四月一日以降において原告が被告に本件建物を用益させて賃料を収得する権限のないことが明かとなり、かつ被告が真実の権利者から右日時以降の延滞賃料を不当利得として返還請求を受けたと云うが如き事実の存在を認むべき証拠は何も存在しない。してみれば、前記被告の主張は採用するに由がない。

(2)  原告は、本件建物賃貸借契約を結ぶに当って、その地盤に早急に石積をしてこれを整備する旨約したと主張する。しかしながら、この点についての≪証拠省略≫被告本人尋問の結果は、≪証拠省略≫及び原告本人尋問の結果に比照して未だ右主張事実を証するに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。なお、≪証拠省略≫に徴すれば、本件建物の敷地はその隣接した土地を含めて、相当急な斜面の崖地のほぼ中腹に高さ約一八尺、長さ約六六尺のコンクリート擁壁を構築し、盛土して造成したものであり、右擁壁の大部分は倒壊し、崖に面した本件建物の玄関前から幅員約二間、長さ約六六尺の部分は崩壊したことなどが窺われるけれども、他方、≪証拠省略≫原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を合せ考えれば、被告が本件土地に居住する以前あるいは以後において、右擁壁は仮補修され、また同建物の土台、玄関の敷居なども或程度修理され、被告は現に本件建物の全部を使用収益していることが認められるのであるから、賃貸人である原告の建物修繕義務不履行を理由として、その賃料の全部あるいは一部の支払を拒むこともできないと云わなければならない。従って、いずれにしても、この点に関する被告の主張は排斥を免れない。

三、次に、≪証拠省略≫及び原、被告各本人尋問の結果を綜合すれば、原告は自身で、または小保形登昧子を介して被告に対し、昭和三八年八月から九月頃までに数回に亘って特に期間は定めず同年四月一日以降の延滞賃料の支払の催告をしたことが認められる。そして、右のように期間を定めずに催告した場合でも、催告後相当の期間を経過してなお履行のないときは、契約の解除を妨げないものと解すべきところ、そのうち郵便局員作成部分の成立に争いはなく、その余は原告本人の供述によって真正に成立したと認める甲第二号証の一、成立に争いのない甲第二号証の二、原告本人尋問の結果によれば、原告は弁護士高橋秋一郎を代理人として被告に対し、叙上にいわゆる相当の期間を経過した後である同年一〇月一一日付書面で前記賃料の支払遅滞を理由として本件建物賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は同月一三日被告に到達したことが認められ、その反証はない。もっとも、≪証拠省略≫によると、同書面の宛名は「清平佐内こと金承禎」と記載され、被告は右宛名の瑕疵を事由にその妻をして同書面を高橋弁護士に送り返させていることが認められるけれども、かような宛名の表示上の瑕疵があっても、爾余の部分から同書面が被告にあてたものであることが特定され、かつこれが被告の許に配達されていることは右各証拠によって肯認されるのであるから、右瑕疵の存在は叙上の認定を妨げるものではない。してみれば、原、被告間の本件建物賃貸借契約は、昭和三八年一〇月一三日かぎり終了したものと云わなければならない。

四、以上の次第であるから、被告に対して本件建物の明渡と昭和三八年四月一日から賃貸借契約の終了した同年一〇月一三日まで一ヶ月金一四、〇〇〇円の割合による賃料、翌一四日から右明渡ずみまで賃料相当一ヶ月金一四、〇〇〇円の割合による損害金の各支払とを求める原告の本訴請求はいずれも理由があると認めてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎)

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